「馴染み」と「煮込み」


ふと今日、数年前から始めた、お花のお稽古に慣れてきた気がしました。
最初は戸惑いや、もどかしさ、緊張で慣れないことも多く、お稽古の時間が果てしなく長く感じて、終わった後には、わずか数時間なのにもかかわらず感じたことのない疲労感。
今も上記のような出来事は起こりますが、疲労を感じずに 、悩む時間が少なく(悩んでいても、手を動かしながら答えを探していく動きができ始めた)、時間との向き合い方が見えてきた気がします。

心身をある感覚に馴染ませるというのは、
料理を煮込む感じに似ているかもしれないと、ふと思いました。

鶏肉にタレを垂らしても表面しかタレの味がせず、口の中の舌の当たり様によって味にばらつきがでるけれど、タレと鶏肉を時間をかけてゆっくり煮込めば芯まで味が染み込み、鶏本来の持ち味とタレの味が一体化してひとつの味になる。強火で早すぎると固くてタレも鶏肉もダメにしてしまう。

じわじわとと「馴」れる様に「煮」て、「染」みるように入れ「込」む。
その様子と似ているなと、なんだか今日はそんなことをふと思いました。





Jan. 6,  2026,     Tokyo / Japan

























   




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